転んで顔を打った、ボールが当たった——そして歯が丸ごと抜け落ちた。抜けた歯は、元に戻せる可能性があります。守ってほしいのは、乾かさないことと、根っこをこすらないことです。
よかれと思って水道水で洗ってしまうと、その後の経過に影響することがあります。歯が欠けただけの場合は対処が変わるので、歯が欠けたときの応急処置をご覧ください。
この記事では現役歯科医師の自分が、正しい保存方法、30分という数字の意味、元に戻す「再植」という治療、子どもや学校での動き方を、学会の指針と公的機関の情報にもとづいて解説します。
歯が抜けたら、まずやるべき3つのこと

やることは3つだけです。よかれと思って余計なことをしないほうが、歯は残せます。
①抜けた歯を探して、根っこではなく「頭」を持つ
抜けた歯は、白いかたまりに見える部分(歯の頭)をつまんで持ちます。とがった根っこの部分には触らないようにしてください。
理由は、根の表面についている歯根膜(しこんまく)にあります。歯根膜とは、歯と骨をつなぎとめているクッションのような組織のことです。これが生きたまま残っていれば、元の位置に戻したときに再びくっつくことが期待できます。指でこすると、この組織は失われてしまいます。
②汚れていても、こすらない・つけ置きしない
土や砂がついていても、ゴシゴシこすって落とすことはしません。公的な資料でも、抜けた歯を拭いたり水で洗ったりしないよう明記されています。
ただし「水に触れさせたら終わり」ではありません。屋外で砂がついている場合は、さっと水で流す程度はかまいません。大事なのは、根の表面についているものまで洗い落とさないこと、水につけたまま放置しないことです。
③乾かさないように保存して、すぐ歯科医院へ連絡
もっとも避けたいのは「乾燥」です。ティッシュやハンカチに包むと、水分が吸い取られて乾きます。次に説明する方法で保存し、歯科医院に電話をしてから向かってください。
なお、抜けた歯を自分で歯ぐきに押し込む必要はありません。向きを間違えて強く押し込むと、周りの組織や骨を傷めることがあります。保存して持っていけば大丈夫です。

この場面でよくあるのが、きれいにしてから持っていこうとして、しっかり洗ってしまうパターンなんだ。気持ちはすごく分かるんだけどね。汚れは歯科医院で落とせるから、汚れていてもいいので、とにかく乾かさないでもらえるといいかな。
抜けた歯はどう保存する?望ましい順番がある

保存方法は「何でもいい」わけではなく、望ましい順番があります。日本外傷歯学会のガイドラインでは、抜けた歯を入れておく液体が望ましい順に並べて示されています。家庭で手に入るものだけを取り出すと、次のようになります。
家庭で使える保存方法と、その順番
| 保存方法 | 望ましさ | ポイント |
|---|---|---|
| 冷たい牛乳 | ◎ | 家庭で手に入るなかでは上位。ただし種類に条件がある(下記参照) |
| 歯の保存液 | ◎ | 市販の専用液。学校や運動施設にあることがある |
| ラップで包む | ○ | 乾燥を防ぐのが目的。液体がないときの現実的な方法 |
| 生理食塩水 | ○ | ラップと同じ位置づけ |
| 水道水 | × | 順番のなかに入っていない。つけ置きは避ける |
※順番と種類は、日本外傷歯学会「歯の外傷治療ガイドライン」(令和5年10月改訂)に示された保存用溶液の記載にもとづく。表内の◎○×は、家庭で選ぶときの目安として当サイトで整理したもの。
牛乳なら何でもいい?じつは条件がある
挙げられているのは「冷たいミルク」ですが、ロングライフミルクと低脂肪乳は除く、という条件がついています。
ロングライフミルクとは、常温で長期保存できるように加熱処理された牛乳のことです。いざというときのために、冷蔵庫の牛乳の種類を一度見ておくと安心です。
とはいえ、条件に合う牛乳を探しまわって時間を使うのは本末転倒です。手元にあるもので乾燥を防ぎ、早く向かうことを優先してください。
保存液も牛乳もないときは
ラップで包んで乾燥を防ぎます。コンビニで牛乳を買える状況ならそれでもかまいません。反対に、表に挙げた牛乳・歯の保存液・ラップ・生理食塩水以外の液体は、自己判断で使わないでください。スポーツドリンクやコンタクトレンズの保存液も、公的な資料には挙げられていません。
やってはいけない保存方法
- 水道水につけたまま運ぶ…望ましい保存液の並びに入っていません
- ティッシュ・ハンカチ・紙コップに乾いたまま入れる…もっとも避けたい「乾燥」を招きます
- 氷や冷凍庫で凍らせる…「冷たい牛乳」は冷たい液体に浸すという意味です

牛乳に条件があると知ると、うちのは低脂肪だ、どうしよう、と焦らせてしまうかもしれないね。ただ、条件に合う牛乳を探しまわって受診が遅れるのは避けたいところかな。合うものがなければ、歯の保存液やラップなど手元で選べる方法で乾燥を防いで、早めに連絡してもらえるといいかな。
30分を過ぎたら、もう戻せない?

30分を過ぎても、諦める必要はありません。「30分以内」という数字は、日本歯科医師会の資料に「できれば受傷後30分以内に処置することが望ましい」と示されているものです。これは目標であって、過ぎたら不可能になるという線引きではありません。
予後を決めるのは「時間」だけではない
元に戻せるかどうかは、3つの要素で決まります。受診までの時間が短いこと、歯の周りの組織の損傷が軽いこと、そして抜けた歯の保存状態がよいこと——この3つがそろうほど予後がよいとされています。
つまり、時間が経ってしまっても、保存状態がよければ望みはあります。反対に、早く受診できても乾かしてしまえば条件は悪くなります。時間と保存状態の両方が関係するからこそ、「乾かさない」が最優先です。時間が経った場合でも、自己判断で捨てずに歯を持って連絡してください。
抜けた歯を戻す「再植」ってどんな治療?

再植(さいしょく)とは、抜けてしまった歯を元の位置に戻す治療のことです。歯根膜が残っていること、傷んでいないこと、汚れていないことが大切とされ、その程度や歯が口の外にあった時間をあわせて、戻せるかどうかを判断します。
元の位置に戻して、しばらく固定する
かみ合わせを確認しながら歯を元の位置に戻し、隣の歯と連結して固定します。固定する期間は通常10〜14日ほどで、あごの骨(歯槽骨)の骨折を伴う場合は6週間ほどが目安です。実際の期間は、損傷の状態によって判断されます。
固定している間は、その歯で強く噛まないこと、口の中を清潔に保つことが大切です。固定装置が外れたり壊れたりしたら、すぐ連絡してください。
あとから神経の治療が必要になることが多い
大人の歯(根が完成した歯)では、再植したあとに神経の治療が必要になることが一般的です。歯が抜けたときに、根の先から入っていた血管が切れてしまうためで、神経が生き続けることは期待しにくいからです。
具体的には、再植後10日以後に予防的な根の中の治療(根管治療)を行う方法が示されています。歯が戻っても、通院はしばらく続くと考えておいてください。
戻ったあとも、経過観察は数年続く
再植は「戻せたら終わり」ではありません。1・2・3・6・12か月後に状態を確認し、その後も定期的に3〜4年ほど経過をみていくとされています。歯の根が少しずつ溶けていったり、骨とくっついてしまったりすることがあるためです。
こうした変化は自覚症状が出にくく、定期的な診察やレントゲン検査ではじめて見つかることがあります。だからこそ、痛みがなくなっても通院をやめないことが大切です。
再植ができないこともある
すべてのケースで再植ができるわけではありません。歯を支えていた周りの組織に感染がある場合や、全身の状態によっては、行わない判断になります。持病の内容で選択肢が変わることもあります。
また、歯が根の部分で割れていると、戻すこと自体が難しくなります(歯根破折)。なお再植には、健康保険が使える場合と使えない場合があります。治療内容や条件によって異なるため、受診先で確認してください。

歯がくっついて痛みも消えると、もう治ったと感じて足が遠のきやすいんだよね。ただ、再植した歯の変化は、痛みより先に検査で見つかることが多いんだ。症状が出たときには、かなり進んでいることもあるからね。数年単位で見ていくつもりでいてもらえたらうれしいな。
子どもの歯が抜けたときは?乳歯と永久歯で対応が違う

抜けたのが乳歯の場合、永久歯と同じようには戻しません。ただし、受診が不要という意味ではまったくありません。
乳歯は原則として戻さない。でも受診は必要
乳歯の下では、次に生えてくる永久歯が育っています。抜けた乳歯を戻す処置によって、その永久歯を傷つけてしまう危険がある場合は、再植を行わないとガイドラインに示されています。
もっとも、日本歯科医師会の資料では「従来、乳歯は原則として再植は行わなかったのですが、最近では限られた条件の中で再植が試みられています」とも説明されています。「乳歯だから絶対に戻せない」と決めつけず、判断は歯科医院に任せてください。
乳歯であっても、ぶつけたあとは受診が必要です。衝撃が、下で育っている永久歯の生える方向や形・色に影響することがあるためです。生えかわりまで定期的に確認していくことがすすめられています。
歯をぶつけやすいのは1〜2歳と7〜8歳
歯の外傷は、1〜2歳の乳幼児と7〜8歳の学童に多いとされています。1〜2歳は体の動きをコントロールする力が育つ途中で、転倒が最も多い原因です。学童期になると、スポーツが加わってきます。
学校での受傷を見ると、歯が抜ける脱臼は小学校低学年に、歯が欠ける・折れる破折は高学年から中学生に多いという傾向も指摘されています。根が育ちきっているかどうかで、けがの出方が変わるためです。
「抜けた」と思ったら、めり込んでいることも
歯が骨のほうへ深くめり込む「陥入(かんにゅう)」は、見た目には抜け落ちたように見えることがあります。探しても歯が出てこない場合は、このケースかもしれません。
低年齢の子どもの乳歯や生えたての永久歯がめり込んだ場合は、根がまだ完成していないため自然に生えてくることが期待でき、無理に戻さず様子をみることが多いとされています。判断にはレントゲン検査が必要なので、受診してください。
学校や部活で歯が抜けたら、現場で何をする?

学校での歯のけがは、珍しいものではありません。虫歯で永久歯を失う子どもが減った一方で、けがで歯を失うケースの比重は増えていると指摘されています。
現場ですること
日本学校保健会の資料では、次の流れが示されています。家庭や部活の場面にも当てはめられます。
- 出血していれば、その場で圧迫して止血する…清潔なガーゼなどで押さえます
- 抜けた歯を探し、乾かさないように保存する…屋外なら汚れの程度も確認します
- 養護教諭に連絡し、保健室で観察する
- 学校歯科医に緊急連絡し、指示を受ける
けがの直後は、本人がパニックになりやすく、唾液が混ざるため出血量も多く感じられます。まず落ち着いて口の中の状態を見ることが、その後の判断につながります。
「いつ・どこで・どう保存したか」を記録しておく
記録は、治療方針を決める材料になります。学校での対応でも、次の項目を残すことが重視されています。
- 受傷から受診までの時間
- どういう状況でけがをしたか
- 抜けた歯の汚れの状態(室内か屋外か)
- どうやって保存したか
保護者の方も、スマートフォンにメモしておくだけで十分です。記録は、当事者同士のトラブルを防ぐ意味でも役立ちます。

受診したときに、いつ抜けたのか・どうやって持ってきたのかが分かると、判断がしやすくなるんだ。正確じゃなくても大丈夫で、だいたい何時ごろ、牛乳に入れてきた、というくらいで十分かな。あわてている場面だから、覚えていなくても気にしないでほしいけどね。
スポーツ中の歯のけがは防げる?

スポーツによる歯のけがは、マウスガードである程度そなえられます。衝撃を分散するマウスガードなどの使用を運動選手にすすめることが望ましい、と学会の指針にも示されています。着けていてもけががゼロになるわけではありませんが、歯が折れたり抜けたりするような力が加わったときに、ダメージを軽くできるといわれています。
意外に思われるかもしれませんが、歯のけがが多いのはラグビーやアメリカンフットボールのような競技だけではありません。野球やバスケットボール、サッカーでも多く起きています。ボールや用具が口に当たるためです。競技ごとに使用のルールも違うので、詳しくはスポーツマウスガードの効果と選び方をご覧ください。
頭や顔も強くぶつけたときは、歯より先に医科へ
次の症状があるときは、歯の治療より先に医科の受診を優先してください。
- 頭痛・吐き気・めまい・嘔吐がある
- 意識がぼんやりしている、反応がおかしい
- 顔の骨を強く打っている、あごが動かしにくい
頭部の外傷や全身状態への影響が疑われる場合は、医師による処置を優先することがガイドラインでも明記されています。抜けた歯は保存したまま持っていけば大丈夫です。
歯が抜けたときのよくある質問
Q. 保存液も牛乳もありません。どうすればいいですか?
A. ラップで包んで乾燥を防いでください。なお公的な解説では、軽く汚れを取って口の中(頬の内側)に入れておく方法も示されています。ただし小さなお子さんは、誤って飲み込む危険があるため行わないでください。
Q. 抜けた歯を水で洗ってもいいですか?
A. 砂などがついている場合、さっと水で流す程度はかまいません。避けたいのは、根の表面をこすったり拭いたりすること、水につけたまま運ぶことです。「汚れを落とす」ことより「根の表面をそのままにする」ことを優先してください。
Q. 夜間や休日に抜けてしまったら?
A. 保存方法を整えたうえで、地域の休日夜間歯科診療所やかかりつけの緊急連絡先に電話してください。連絡がつくまでの間も、歯を乾かさないことが最優先です。
Q. 抜けた歯が見つかりません。
A. 歯が見当たらない場合でも受診してください。深くめり込んでいて抜けたように見えているケースのほか、飲み込んでいる可能性もあります。咳が続く、息苦しいなどの様子があるときは、気道に入っているおそれがあるため、歯科ではなく医科の緊急受診が必要です。
Q. 戻した歯は、その後どのくらいもちますか?
A. 期間を一律に示すことはできません。歯根膜の傷み具合や保存状態で経過が変わり、数年たってから根が溶けたり、骨とくっついたりすることもあります。だからこそ、決められた間隔での経過観察が必要です。
Q. 抜けてはいないけれど、グラグラします。
A. 歯を支える組織が傷んでいる可能性があり、受診が必要です。動揺の程度によっては、隣の歯と固定して安静を保ちます。根が折れていないかを確認するため、レントゲン検査を行います。詳しくは歯が欠けた・割れたときの対処もあわせてご覧ください。
まとめ:乾かさない・こすらない・すぐ連絡

- 歯の頭を持ち、根っこには触らない
- こすらない・拭かない。砂は流す程度にとどめる
- 冷たい牛乳(ロングライフミルク・低脂肪乳を除く)か歯の保存液へ。なければラップで包む
- 30分以内が目安。過ぎても諦めず、歯を持って連絡する
- 乳歯でも受診する(下で育つ永久歯への影響を確認するため)
- 頭を強く打っているときは、歯より先に医科へ
歯が抜けるようなけがは、誰にとっても突然の出来事です。それでも、最初の数分の扱い方で結果が変わることがあります。「乾かさない」の一点だけでも覚えておいてください。
けがのあとは、痛みが引いても経過を見ていくことが大切です。定期的な歯科検診の機会に、ぶつけた歯の状態も確認してもらってください。スポーツをしている方は、マウスガードを作っておくことも予防につながります。


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